ŹOOĻ/大人を作ること/idolにされることの心地悪さ

アイドリッシュセブンに登場するŹOOĻが好きです。物語の悪役にこそ本質がある。

アイドリッシュセブンに、ŹOOĻ(ズール)というグループが登場する。彼らはその成長の過程で「大人」としての振る舞いや判断を求められ、それによって負ったダメージを力に動くグループだった。若い彼らが向き合ったのは、群衆の評価の流動性・人間の代替可能⇔不可能性・自分の役割(role)を演じること・表現を続けることで失われた自分。詳しくはŹOOĻの特別ストーリー「拮抗のクォーター」を参照。

作中では、物語の序盤から登場するTRIGGERを忌み、色々あって割と卑劣なやり方で向き合うのでTRIGGERのファンからはガチで嫌われている場合もある彼らだが、わたしはストーリーとして公開されている内容をあらかた追い終わってしばらくして彼らに対してやるせなさや憧れ…など様々なことを感じて好きになった。

悪役として暗躍した後は彼ら自身のひずみを、飼っている子どもを遊ばせてやる環境にいる。それが作中ではパブリックイメージに対するギャップであり魅力であり、愛しいものとなっているように感じる。わたしは彼らの、自分たちが傷と知らず負ったものを常温で融かしていくコミュニケーションが好きで、互いを強く否定しない態度が好きだ。傷を舐め合うという表現があるが、マイナスのイメージを伴うその言葉ではなく、彼らはお互いがお互いの傷を「癒し合う」という言葉が似合う。メンバーの誰か1人がその癒しを担当するのではなく、役割を分かち合っている。アイドリッシュセブンに登場するアイドルは、全員見た目に反して…というのがルールのようなものである。ŹOOĻも例に漏れず、年上だから・年下だから・物腰がやわらかいから・目つきが悪いからと、アニメやゲームのキャラクターの要素として即時的に想定されてしまう本人たちの性質を裏切る。わたしは、その要素と性質を極端に解体する彼らの存在が好きだ。自分自身が先天的に持った性質に反した存在であろうとばたばたと暮らしてきたので、彼らの様子をみると自分を認められた気になる。

自分が物語に触れるときに青少年に固執してしまうのは、ずっとそうありたいという願望があるからだと思う。ずっと好き勝手振る舞っているので自分に加えられた抑圧だとかがあるわけではないが、どうしても。思い返せば自分はかなり鈍感で快不快などの別がつくようになったのがかなり最近なので、学校はとりあえず行くもので、宿題はなんとなくできるし、やるものだった。フーコーの話をしてくれた倫理の教師を思い出す。大人は子どもから作られる(made from)。教化と似ている。当時はよくわからなかったことだが、わたしは間違いなく学校に通うことで労働への適性を育まれた子どもであった。

物語の中の、あるいは現実でステージに上がる子どもたちは、学校で一般の人間が従う以上の強制力によって大人に掘り出されていく。自分にとって、このイメージは大きい木とか石のかたまりをいい感じに彫り出してから、細部を彫り込んで作るということである。でも実際の彫刻家がこういったことに関して言及している場合は、かたまりの中に、既に彫り出すべきものが存在しているということを言っている場合が多いようだ。

運慶とミケランジェロ、その意外な共通点 「大理石の中の天使を自由にする」

まあ存在していると表現しても、物質として鼻とかがデカい木とかに埋まっているわけではないので、それは彫る人間の想定し得る理想のものが、想像が素材の内部にみえるというだけのことであり、それが偶像(idol)なのだろう。

ŹOOĻによって示されるのは、負の感情で自分を駆動(drive)させることの至る場所と、そこからさらに先にあるものだ。そして、彼らの「至った場所」、ヒールとしての行動は実際には許されてはならないと思うが、それでも「さらに先にある」のはあやまちを犯した若年者の再出発、更生、関係の再構築の、その可能性が描かれるという希望だ。

彼らの現在の年齢としては17-21歳、彼らが月雲了の駒となったわけを描いた前日譚、「拮抗のクォーター」ではさらに年若いころの出来事が紹介される。その中で描かれる4人は、現役のアイドル・練習生・子役・良家の次男と立場は違えど、周囲の環境によって彼らの在りたいように在ることが否定されて、周囲によって作り込まれていく子どもだ。教え導く立場の人間が、子どもの可塑性・学習力の高さに乗じて彼らを支配していた。

※トウマのみ、親族や直接的な個人の影響を受けたというわけではなく、向き合っていたのが彼をまなざす群衆だった。アイドル以前の彼について今後詳しく描かれることはあるのだろうか…。

実在の人間から理想の姿の人間を生み出す・取り出す営みは、アイドルのファンのみならず多くの人間が日常的に行っていることで、その暴力性はかなり高い。対象から都合よく要素を拾い出し再構成する・思い通りでなければ失望し怒る。尊重されるべき対象の個は無視されることもある。

ŹOOĻの4人が月雲了に集められて目指したのはコントロールされて作り込まれて精巧なアイドル、コントロール可能な群衆の感情・欲望の矛先として、彼の野望達成の道具としてのŹOOĻであった。彼らの個は完全に黙殺され、それを彼らも良しとしていた。教化され鈍化した退屈で楽な世界。自分をやる、そのやり方を外注する弊害。それが彼らの起こした問題だった。

自分たちの行為がきっかけでその予定調和的な箱の中から抜け出た彼らは、その外の世界で再び立つことをゆるされた。寄せ集めのグループではあったが、月雲の思惑の根底にあったものによってこそ、互いを癒し合うことができる関係になった。誰でもよかったかもしれない4人が、この4人でなければいけなかった結びつきを獲得したというのがうれしい。大人でない存在に憧れと執着があるので、ŹOOĻが過去子どもとして手に入れられなかったものを手にして、お互いに足らないコミュニケーションを繰り返して、伝わらない言葉を重ねているのが大切で愛しい。

乗り気

乗り気

ダラダラ堅苦しく好き勝手うろ覚えで書きましたが、5部をリアルタイムで追えるのが楽しみです!英語がすごくうまく使えるわけではないのに、英語でしかこの感覚は表せない気がする…と英語を使ったりしました。

12/7追記

7の付く日なので、更新きました!5部は近日公開予定とのことです。サイトもオープンし、PVの公開も始まっている。PVで真っ先に登場するのがず~るくんたち(普段はこう呼んでいる)で、それはメインってこと…ことなのか?楽しみ…。特にトウマと悠のセリフが好きで、胸を打たれて、この記事をPV公開前にべたべたと執念でアップしてよかった…!と思いました。

宇都木くん不穏じゃない?わたしは勝手にず~ると宇都木で岡崎事務所に移籍するのかとか思っています。移籍じゃなければ凛太郎も出てきたことだし買収(根回しあり)とか…?予想できない展開でおなじみのアイドリッシュセブンを大胆予想してしまった。アイナナくんたちの予告文みたいなのも紡ちゃん出てくるし、九条おじが不穏だし、けっこう裏側の組織的な諸々が絡んでくるという見立てです。どうなるんでしょうか。

第5部特設サイト|【公式】アイドリッシュセブン

アイドリッシュセブン 第5部PV