211205 映画「ひらいて」

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映画「ひらいて」公式サイト

誰かと観ないとだめな映画だと思っていたので、放置していた「ひらいて」を観ました!

誘うか迷っていた友人がたまたまYouTube広告で気付いて、気になっているようだったので勢いよく声をかけた。

自分が愛ほどではないが、かなり露悪的で自己中心的で自棄になって行動していたことを思い出して、かなり懐かしくつらく痛々しかった。

3人になったから成り立つ関係・愛がいなければ誰かしらが死んだであろうifを感じさせるかまぼこ用包丁…話したいことはたくさんあるのですが、それにまつわる自分の話が登場しすぎる気がしたので手短に。

 

好きなのは

多目的室みたいなところにある文化祭の展示と写真を撮る場面

2人の賞状に対する態度・たとえが賞状を受け取るときにやる、式典特有の受け取り方

1番たくさん鶴を折っていた愛ちゃんのことを知っているたとえ、そういうところが好きなんだよね愛ちゃんはさ…

 

愛ちゃんがたとえを呼び出した教室の場面

愛はたとえが何を言うかわかってたと思うし、映画になった展開が全部わかっている。だからたとえのことが好きなんだと思う。

 

対比

愛と美雪の対比が徹底されている映画だなと思った。好きだったのがこれ!と挙げたが、意識的に作られたものなのか不安。記憶が正しいかも不安。ドラマとか映画で衣装提供のクレジット見るのが最近の趣味。ひらいてでは、HoneysとRESEXXY・GRLあたりの対比が鮮やかすぎる。監督がこだわったんだと思う…。細部が…細部に神が宿ってるんだよな…。自分のが胸が大きくても色が白くても、おもしろい話ができると思っても全然そんなの他人からの評価に直結しないし、そういうことでしか人間と向き合えない自分はマジでカスです!という感情を呼び起こす対比の作り方。

愛が指導室?校長室?から脱走するのを見る美雪・愛が走っていく方向と平行な道(渡り廊下)にいる美雪・行く先には誰もいない

美雪がたとえの家に行くために走っているのを見る愛・愛が歩いているのと直角に交わる道を横切って、画面に入ってくる美雪・行く先はたとえのところ

平行線だった愛と美雪の関係がたとえに向かって交わって、初めてそこで愛とたとえの関係に変化がある。

愛とたとえが向き合えるのは多目的室(仮)だけで、愛が意図を持って侵入するために事前に窓の鍵を開けるのもそこだけ。そこに2人でいる場面2回がある。1回めは先生に連れられてたとえが来る。2回めはたとえの家に愛・美雪が訪れた後、たとえが自分でやってくる。その変化の対比。多目的室(仮)の使われ方は感情とか記憶とか全てを保留しておくみたいなもので好きだった。

 

雑感

自分の一生持ち得ない感情や能力や夢に、ひどくあこがれて全部ほしくなる高校生の熱量。高校生のときから、窮鼠の今ヶ瀬の言う、相手との関係がゼロじゃなければいいみたいなのにずっと共感している。が、今そういう人間がいないのですごく健康。

窮鼠はチーズの夢を見る (フラワーコミックスα)

そういう特性にかなり問題があると、一応自分で理解しているつもりでコンフリクトをなるべく避けて心穏やかに暮らしたいと思って、そう暮らしている。会社で働くようになって、同輩男性が存在しなくなる環境に置かれたのがかなりよかった。自分はイマジナリーフレンドとして高校生のときから頭に今ヶ瀬を住まわせているので、こういう物語の感想に必ず今ヶ瀬が登場する。今ヶ瀬…元気か…。前に映画の窮鼠をボロクソ言ったけど、あの映画が好きな人は好きらしくて漫画読んでくれない?!になっている。蛇足。

物語の先、愛ちゃんはどうなるのか、どうするのか、どう暮らすのかと考えてしまう。他の人の感想を読むと愛ちゃんの家の話をしている人が多いんだけど、自分のケースを浮かべて、家がどうこうでああなることはないよな~と思って観たせいで割とそこへの感想が薄い。ただ、一方的に相手に語り続けるのが愛ちゃんの家系というか、家で培われた特性という感じもありました。オート食品生産マシンとなった愛の母もたとえの父も似ていて、それは愛とたとえは似ているという、似ていることを表す記号なのであれば愛が救われると思う。愛はたとえが自分に似ているけど似ていない人間だと思っていて、だから好きになったと思っているので…。愛ちゃんは作らないし、食べないな~と思いました。すごいジュース飲んで捨てているが…。食べる場面は最後だけかな…?あのマフィンを食べるのが、あの見えない相手に向かうだけの執念を、飲み込んで、また愛自身が変わっていくことって考えたりできるのでしょうか。もう全部自分のこじつけに思えてくる。

大人になるというのは、何かを自動化して慣性に従って動かすことなのかもしれない。流れ作業・ラインを止めるな。それに反して、明度こそ違うが、愛もたとえも美雪も電源を入れて初めて稼働する手動の、明滅する電球のようで、まぶしい。流れる電流が大きすぎるとフィラメントが切れてしまう。渦中にいるひとが観たらどう思うんだろう。ちなみに原作の発売が自分の高校2年のときで怖くなってしまった。

多くを語ると本気の怪文書になってしまうので感想系の中だと割と短いものになった。お粗末様でした。