おたく今昔物語(雑記)

雑記です

 

二次創作が当たり前のようにTLに流れてくる、そういうのが確かに普通だったりする。その状況に慣れているのは自分が二次創作のおたくを10年以上途切れつつも続けているからだろう。でもそれとは対照的に、作品を一次の、そのままで完結とし、それが全てだと捉える人間ももちろん一定数いるわけである。わたしも好きな作品だけどこんなん二次創作読まないでもいいだろ!(原作の終わり方が好きだからそれ以上語るのは野暮)と思うものもあれば、余白を埋めたいな~と思うものもある。色々だ。昔はそれが異性愛規範のもと"普通"とされる男女のものでも割と隠されていたような気もするのだが、Twitterが普及してからはそれも男男も含め大量に、誰でも見られるところで公開されていることも多い。平成のインターネット育ちなので、二次創作は個人サイトないしブログサービスなどで公開されていて、ジャンルや内容などが書かれたワンクッションが置かれているのが二次創作のあるべき姿なんではとぼんやりと思い続けている。

要らない情報を避けるのもリテラシーのうちと言えばそうだが、それも制御しきれなくなりつつあるのが今のTwitterだ。隠れろというのはなんだか違うが、あまりにも多すぎやしないだろうか。巷では二次創作が流行りすぎてはいないか。これは自分のここ数ヶ月の体感から出てしまう印象だ。同人女のやつが流行るなんて中学のときの自分に聞かせたらあり得ないと一蹴されそうだ。おたくでも、そうでなく漫画を読む人間の中でも二次創作が好きだという人間は少なかったような気がする。

二次創作は隠れるべきという不文律と正規手段でコンテンツに触れることが最善とされることは隣り合わせにあるような気がする。原作やリアタイや円盤の購入が最も上位にあり、それ以外は許さないわけではないが"おたくとしては二流"的な。それはきもいマウントの取り合いでもあり、迫害される(きもい・犯罪者予備軍的な扱いを社会から受けがちだった)おたくの、コミュニティ内で正義であるためのものでもあったのかもしれない。それがインターネットの発達によって失われたというのがわたしがここ数年で二次創作やアニメゲーム類に触れて考えることだ。

おたくが過去と今を容易に行き来することが可能になったのはアニメ配信や電子書籍の普及によるものだが、それはおたく自身をすごく移ろいやすくしている気がする。それはいいことでもあるし、わたしにとっては悪いことでもある。ジャンルをすぐに変えることができること、個々の自分の好きと向き合う期間が短くなってしまうこと深度が浅くなることそれは少しさみしい。そして二次創作のおたくをしていると、何をみても割とぱーーっとその作品を解釈して萌えて、さらに二次創作を読んで萌えてしまうのである。もうそれが癖になっている。ただこれだけたくさん作品がある中で、安易にそんなふうに消費するのは失礼だと思ってしまう。わたしが生真面目というか、そういうのに疲れてなおかつ頑なで逆張りなだけだ。だから流行っているものに近づきたくない。よく自分しか○○みてない!と言うのには、今さら200x年の作品を…という気持ちもあるが流行りものを避けてもおもしろいものはあると思って言ってる面もあるかもしれない。

2023/6/13追記

わたしは特に他人に影響を受けやすいから、ときに何か関係を限定された物語を提示されることに抵抗があるのかも?書いた後色々あって(ソシャゲを進めただけ)、自分は古典的なおたくコミュニティにおける正義を未だに抱えている気がした。原典にあたることこそが正しいというやつ。舞台を観るにせよなんにせよ基本原作にあたる癖は、わたしがただアニメを録画して観られないから原作の小説を読んでたとか、そういうことに由来するので、それを正当化しようとしているのかもしれない。今は小説と漫画とアニメとゲームとあったらひと通り触れます。わたしはだいたい全てを義務とすることでここまで生きてきたし、それ以外のやり方を知らないからそうではないやり方でやってきた人のことがわからない。

…なんかさ、誰かとケンカしたいわけではないんだけど?!?!?!笑 いや、ケンカではないけど。書いてて、怖いよ。と思った。自分も書きかけのものとかあるが…今ほど二次創作が世に溢れてて、それがすばらしい活動だと称揚されるのがそうかな?と思うだけなんだよね。疲れたというか役者をキャラクターを記号化して萌えてるのはまあそれはそうで、それも嫌だよねと思いつつ、そこからさらに好みのカップリングという記号化と(わたしは特に)型に押し込めてキャラクターを扱うのがもうめんどくさいというか、飽きたのかもしれない。

これは舞台作品を観るようになって、二次創作しなくても探さなくても、たくさん考えて自分に引き寄せて作品を好きでいられるんだと知った(気づけた)からかも。セリフとセリフの間を読むのは変わらんけどそれが何のためかという話。わたしは自分のために物語を読んでいるので、それは別に人間同士の(恋愛?)関係に焦点が合っていなくても問題ない。だし全然自分に即さないから焦点が合わなくなったのかもしれない。これが1番有力な気がする。また長々書いてしまった……。

ここまで長くなってしまったがTLで見かけた話に自分の言いたいことをつなげて書こうとしたら、全然違う話になってしまった。わたしが言いたかったのは当然のように友人間で理解(?)があると思われて話題に挙がるエロとか性的な話に自分がけっこうびっくりして引いたかもしれないというのを思い出したということである。昔より自分がどういう人間か分かったからかもしれない。わたしは自分の思った以上に、普段振る舞う以上に潔癖で、内向的なんだな~と思った。